バルボティーヌという陶器

私自身がとても好きで、主要な商品としても扱っている品物に、フランスのBarbotineといわれる陶器があります。

バルボティーヌとは、
窯やブランド名ではなく「凸凹(でこぼこ)している」という意味のフランス語で、
陶器の世界で言うBarbotineとは、凸凹の錫釉陶器のことを総称しています。
イギリスでは、錫釉陶器を指すMajolica(マジョリカ)とよばれます。イギリスの場合は凸凹でなくても錫釉がかかっている陶器を「マジョリカ」と呼ぶので一概にBarbotineMajolicaは同じではないのですが・・・難しいですね。


長年Barbotineを扱っていると、錫釉でないものも凸凹の陶器であればBarbotineと呼ばれることがあるようです。Barbotineは総称で、あいまいな表現です。単純にBarbotineは凸凹の陶器と表現すると間違いないですね。
粘土泥漿(水分の多いドロドロの粘土)を型で成型加工したものも、水分の少ない粘土をこねて一つ一つ手でひねり出して形を整えたもの、さらには釉薬に粘土を混ぜて絵付けすることによって陶器の表面に油絵のような凸凹のタッチを表現したものなど、製法は違えど凸凹の陶器であれば総じてBarbotineと呼ばれているのです。



私の扱うバルボティーヌのほとんどは19世紀後半から1900年代の初頭にかけてフランスで製造されたものですが、他にドイツ、イギリス、ベルギーの釜で当時は大量に生産されておりました。

このバルボティーヌについて、私の現段階の知識で恐縮ですが以下にまとめておきますのでご参照くださいませ。
※内容については、随時加筆修正させていただきます。




バルボティーヌについて----------------------

◇Barbotineの起源、ベルナール・パリッシーの田園風土器
16世紀、動植物の形状を本物そっくりに陶器で表現した凸凹の錫釉陶器が、ベルナール・パリッシーによって考案されました。バルボティーヌの起源は、この田園風土器とされています。
これらの陶器は、時の王妃カトリーヌ・ド・メディシスなどの庇護のもとに生産され、貴族などの富裕層の間で珍重されました。
パリッシーの陶器は、ルーブル美術館にも展示されております。下の写真は、ルーブル美術館に展示されている田園風土器です。

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◇1800年代、金型の考案と大規模工場での生産開始
1800年頃、16世紀に考案された田園風土器がロンドンの万国博覧会で紹介されました。そのことが引き金となって1800年代から1900年代まで続く凸凹陶器ブームとなったそうです。

産業革命の後の時代、Barbotine及びMajolicaは粘土を細かく立体に成形した手間のかかる田園風土器の原型から離れ、彫刻師などによってデザインを起こさせた金型に粘土を充てんする方法で、大量生産できるように改良されていきます。
18世紀末頃からは、イギリスのWEDGWOODによってMajolicaとして工場生産されるようになります。

そのような陶器工場がフランスでも18世紀末あるいは19世紀の早い段階から稼働し始めました。
窯の名を列挙してみると、SARREGUEMINES、CREIL、あるいはMONTEREAU、FIVES‐LILLEといわれるDE‐BRUYNや、ONNAING、ORCHIES、GIEN、LUNE‐VILLEなどで、バルボティーヌが製作されるようになります。

同時期、イギリスでもMINTONやGeorge Jonesなど有名窯でも製作されます。

またロレーヌ公国に起源をもつドイツのVILLEROY-BOCHは19世紀の早い段階からバルボティーヌを製作していたようです。

金型で製作したといっても、1800年代初頭のBarbotineやMajolicaは驚くほど緻密です。
柔らかい粘土を金型整形し、割れずに乾燥させるのは至難の業でしたでしょうし、
最終的には職人の手作業によって余分な部分を取り除き、磨きあげられたのでしょう。


余談ですが、後の時代に陶磁器の収集が趣味であったビクトール・ユーゴーが収拾したことは有名です。
こうした著名人が収拾したことによっても、ブルジョアが一般的に知ることとなり、一大ブームとなったのでしょう。
またフランスでは、1800年代初頭から1900年初頭までCharles Jeanなどの作家がパリッシーの田園風土器にかなり酷似したものをハンドメイドで製作しています。これらのハンドメイドの作品も、時々に当店で取り扱っております。

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◇19世紀末~食器やインテリアとしてのBarbotine(バルボティーヌ)ブーム
アールヌーボー(Art Nouveau 1890-1910年頃)の頃以降、華やかなデザインのバルボティーヌが沢山生産されました。

その時代、ヨーロッパの特にフランスでは経済的に大変豊かな(産業革命や植民地支配による)時代が続いておりました。特にフランスの1900年前後はベルエポック(良き時代)と言われ、「退廃的」とか「享楽」とか後の時代に表現されるほど人々は我が人生を謳歌していたのです。もちろん物質的に豊かでしたから、その時代の富裕層の人々はちょっとびっくりするくらいの珍しいものを求めたようです。


そのような時代背景もあって、鮮やかな色彩で、凸凹、装飾過多なバルボティーヌが大変流行りました。
「めずらしさでお客様をびっくりさせる」テーブルコーディネートの主役として、あるいは室内をこれでもか~と装飾する色とりどりのアイテムとして、また世界中からとり寄せられた植物を入れる鉢として。

ところで、
パリの食器といえば、白磁またはそれに金彩を施したものなど色数の少ないくシンプルなものが主流です。
フランスの骨董屋さんは、パルボティーヌを『田舎のもの』という言い方をすることがありますが、
これは当時のブルジョアが、都心から離れた別荘での田舎暮らしを彩るアイテムとしてバルボティーヌを使っていたことによります。色の調和をとても重要視するフランス人らしい、使い分け方ですね。

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今は高価なアンティークとなったバルボティーヌは、もともとは大量に生産され、こうした富裕層の生活雑器として使われたものでした。

しかしこのバルボティーヌ、やわらかい陶器だからか、現存数が少なく、残念ながらフランスの骨董市でも沢山みかけることはありません。

アンティークのバルボティーヌとなれば、べらぼうに高価だったりします。


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私が扱うのは、フランスのバルボティーヌが中心です。ドイツやイギリスのものももちろん美しく、どちらかというとフランスのものよりも手に入りやすいようなのですが、個人的にフランス贔屓です。
フランス人の色合わせの感性にはいつも脱帽しています。



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E-mail: angedemaison@gmail.co.jp
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by leangedelamaison | 2011-04-22 17:50 | Barbotine | Comments(0)
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