買い付け徒然3ルーブル美術館とベルナール・パリッシー
美術がお好きな方なら誰しも、
ルーブル美術館は、夢の館ですね♪その、夢の館に、今回も行くことができました。
ご存知の通り、ルーブルは、きちんと見るなら、丸三日以上かかるような巨大な美術館ですが、
買い付けの合間ではそう長時間滞在することもできず、いつも金曜日の夕方から駆け足で観覧してます。金曜は、21時まで開館しているのです。

ところが、毎月第一日曜日は無料で入場できます。
先日の買い付けの日程にちょうどその日が含まれておりました。そんなラッキーな日にあたったら、行かないはずがありませんよね、♪

仕事を終え16時過ぎて行きましたが、入場待ちの人で長蛇の列でした。
大分待つのかとがっかりしましたが、20分程の待ち時間で入場できました。

ルーブル美術館では、時間がなくても15世紀~16世紀の西洋絵画の部屋とその同時代のイタリアやフランスの陶器の部屋に必ず立ち寄るようにしています。
その部屋には、私好みのパルボティーヌ(※いわゆるマジョリカ、柔らかく、凸凹した錫釉陶器)の起源となる、16世紀のBernard Palissyによる『田園風土器』が展示してあります。

ベルナール・パリッシー(Bernard Palissy, 1510年頃 -1590年)-----
16世紀は、芸術の潮流でいうとイタリアのルネサンス期と同時期にあたります。
その頃、フランスのベルナール・パリッシーという陶工によって『田園風土器』は体系化されました。

彼は、はじめはガラス工として各地を遍歴していました。
しかし、ガラス工の需要が少なく、測量の仕事に従事するなど職を転々とします。
その頃、おそらくルネサンス期のイタリアの陶器に出会います。
そしてこの陶器に大変に魅了され、独力で釉陶の研究に取り組んだのだそうです。
b0222043_10234434.jpg


b0222043_10305275.jpg

彼の器に配された蛙や魚や植物は、まるで自然の中から集めて固めたように本物そっくりです。
そして、まるでじっとりと滑りけがあるかのような、釉薬と色彩が見事です。

※写真の古い陶器の釉薬には、独特の七色の照りがあります。長い年月をかけて表面の酸化が進んでいるようです。

b0222043_10293224.jpg



彼は貧困の中、家具や床板まで燃料にしてこの技法の研 究を続けたというエピソードが残っています。
15年ほどかかってようやく技法を完成 し、「田園風土器」として人々に知られるようになりました。

また彼は、プロテスタント(新教徒)であったため、度々弾圧を受けました。

しかし、彼の才能を認め人々がいました。
その中には、かのカトリーヌ・ド・メディシス の名前もあります。

彼女らの庇護を受 け、チュイルリー宮殿内の工房で、王室のために作品を制作したのです。

1575年からパリで地質学、鉱物学、博物学など自然科学に関する講演会を約10 年間続け、1585年の勅令で新教徒は カトリックへの改宗か国外亡命を迫られましたが、彼は従いませんでした。
そうして、庇護者のカトリーヌ・ド・メディシス が1589年に亡くなった後、捕ら えられ、
バスティーユ牢獄で獄死しました。

明治4年(1871年)には、日本でも中村敬宇が訳した『西国立志編』第三篇に伝記が掲載されております。


努力と貧困、信条、壮絶な人生の中で作り上げられた「田園風土器」には、
現代の私も心奪われるような強い魅力があります。


時代を経て、バルボティーヌと呼ばれる貴族やブルジョアののんきで楽しいテーブルウェアとなりますが、
そういう歴史が、あったのですね。



b0222043_10424830.jpg

[PR]
by leangedelamaison | 2012-01-19 10:44 | Barbotine | Comments(0)
<< 買い付け行ってきます。 2012年2月以降の出店予定 >>