faience fine(ファイアンス フィン):良い陶器
ヨーロッパの磁器製造の歴史は、18世紀のドイツ・マイセン窯から始まりますが、
19世紀の初頭になっても、フランスの貴族やブルジョアが日常的に使っているのは粘土を成形して焼き上げた陶器が主流でした。
陶器といっても、このころにはfaience fine(ファイアンス フィン)すなわち“良い陶器”と総称される、磁器のように薄手の陶器が製造されるようになります。
薄手のバルボティーヌもこの“faience fine”に当てはまります。



ところで、このfaience fineには、その裏側に“磁器”というう意味の“porcelaine”の刻印が押してあるものがあります。
私は、陶器にいったいどういうう理由で“磁器”と刻印してあるのだろうか?と訳が分からなくなっていました。“

調べてみると、磁器を低温で焼いたという「軟質磁器」なるものがfaience fineであたるという記述が出てきたのですが、私にはどうしても納得がいかず、と頭がワヤクチャになる思いだったのです。




そうしたある日、

上野の国立博物館やセーブル窯で陶磁器の修復に携わっている方のお話しを聞く機会があって、
この“faience fine”は、まぎれもなく“陶器”で
粘土に磁器に必要な成分(カオリン等)などが含まれているというわけでもないのだそうです。
その裏に“porcelaine”と刻印されているのは、“まるで磁器のような”という意味あいで捉えればよいのだと教えてもらいました。
陶器の器をより磁器に似せるために、粘土を白く着色して断面さえも磁器のように造り上げている器に“porcelaine”と刻印したものがあるのだそうです。


話が長くなりましたが、
19世紀のフランスの“faience fine”は、まだ貴族やブルジョアしか使えない食器でした。
造りも繊細で、
当時最新の銅版画を転写する技術で、ち密な意匠の美しい器が沢山製造されています。

今回は、そんな“faience fine”の品物の中から、
1800年代の初めにフランスのCreilで製造された銅板転写のお皿を御紹介いたします。


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この時代のお皿は、持ってみると驚くほど軽いです。
描かれているのは古代ローマの逸話で、これも19世紀初頭の“faience fine”の特徴です。

とても緻密な銅板画を転写していますが、ズレなどもありません。

私はこういうインテリジェンスを感じるものも大好きなのですが、
なぜか商品として御手にとってもらえないので、ヤフオク!に出品しています。

お皿に描かれたエピソードは、紀元前168年のお話。
セレウコス朝シリアの君主アンティオコス4世とローマ大使ポピリウスにまつわるものです。
(※エピソードに関する情報ソースは「マピオン大百科』になります。)





セレウコス朝シリアの王アンティオコス4世の軍はキプロス島(ギリシャ)での戦いに勝利し、キプロスの知事は島を差し出しました。


軍は、その後エジプトに再び侵攻し、下エジプトを占拠してエジプト征服の寸前までいきます。
そしてアレクサンドリア郊外に拠点を構えます。



しかし、中東の軍事バランスが崩れることを危惧したローマからの大使、ポピリウス(Gaius Popillius Laenas)がそれに介入します。


彼はアンティオコス4世に、エジプトとキプロスから即刻立ち退くよう最後通告を送りました。
不意を突かれたアンティオコスは検討する時間を求めましたが、ポピリウスは王の周りの地面に杖で円を描き、アンティオコスがこの円から出る前に明確な回答をするよう求めたのです。


ローマとの戦争を恐れたアンティオコス4世は、大使の要求に従うことを決めます。

その見返りとして、ローマはアンティオコス4世がシリア南部を保有することを認めたのです。

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不意に描かれた、小さな円の中で決断を迫られたアンティオコス4世。
セレウコス朝シリアの王、アンティオコス4世に対し、毅然と円を描いたローマ大使ポピリウス。




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by leangedelamaison | 2013-08-22 10:07 | 商品紹介 | Comments(0)
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