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カテゴリ:Barbotine( 15 )
Barbotine de VILLEROY & BOCH
このところ、「うぁ、、綺麗!!」と思って購入したお皿をしらべてみると、
VILLEROY & BOCH(ビレロイ・ボッホ)社で製作されたものであった、ということが多いのです。

Barbotine(バルボティーヌ)は、
以前の重複になりますが、大まかに1900年前後、大体は1870~1930年代に、主にフランスとイギリス、ドイツ等の製陶所で作られた凸凹の錫釉陶器のことを総称しています。
起源はさかのぼって16世紀末の田園風土器となりますが、それについてはこちらのブログでベルナール・パリッシー(Bernard Palissy, 1510年頃 -1590年)の「田園風土器」について触れています。


VILLEROY & BOCH社は、現在のドイツとべルギー、フランスに国境を接するルクセンブルクの辺りにあったロレーヌ公国で陶製テーブルウェアの製造 を開始しています。

Barbotineは、フランスでも南仏で作られていたと思われがちですが、フランスの北部を中心としたフランス全土の製陶所で造られていました。
特に、ベルギーとの国境地帯のリール地方や、首都パリの周辺のショワジールロアやモントロー、ルネビルといった良質なFaience(ファイアンス=錫釉陶器)を製作した村々で製作されたものが有名です。
加えてイギリスでも、19世紀の初めからウェツジウッドでMajolica(マジョリカ=錫釉陶器)と称されて製作されていました。

VILLEROY & BOCHのあったロレーヌ公国はフランス領になった時期もあり、
ホームページにも自社を「ドイツの技術とフランスの感性が癒合したホームウェアブランド」とうたっています。



長くなりましたが、そう、その美しい皿がこちら、
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直径は20センチ弱。
美しさについてはもう語る必要が無いように思います。
とても時代を感じるお皿で、使い込まれた表面の摩耗や虫食いのような釉薬の剥がれが見られます。

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小さなあたりや欠けもありますので、実際に手にとって見ていただかないことには販売できない品物ですね、


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VILLEROY & BOCHというのはこのお皿の菊花のようなStampからは判らなかったのですが、こちらのHP(※クリックしてリンクをご参照下さい。)に1882年頃に製作されたVILLEROY & BOCHの同様の皿が掲載されており、時代が違えども、たぶんVILLEROY & BOCHで製作されたであろうと判明しました。リンク先のお皿は、専門書でも掲載されているVILLEROY & BOCHの刻印が押されています。
時代は私の手元にあるお皿の方がかなり古そうです。

こちらのお皿は2枚ございます。
3/1~12日までのPRINTEMPS銀座「アンティークバザール」に持っていきます。皆様のご来店を心よりお待ちしております。
by leangedelamaison | 2013-02-26 14:28 | Barbotine
Barbotine、一考
Barbotine(※バルボティンヌ、バルボティーヌなどと読む。フランス語での発音は、私には「バルボッチーヌ」に聞こえます。)は、南フランスのものというイメージがありますよね。

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今日HPにアップしたこのピッチャーも、
南仏の太陽の下でサングリアやオレンジジュースをサーブしたいような
華やかな色合いです。

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夢のように美しく、どこか良い意味で「田舎くさい」"ほっこり”とした感じがあります。

時々一つのBarbotineの器を手にとって見ていると、
南フランスの木陰のテーブルに、座っているような気持ちになってきます。


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実際、
これらの鮮やかなバルボティンヌの多くは、南方の別荘で使われていました。
南フランスの華やかな田舎暮らしを彩るアイテムだったわけです。


一方、これらの製産地の多くはフランスの中部から北の方で、他にはイギリス、ドイツ等の製陶所で良品が積極的に生産されておりました。


上のピッチャーが造られたORCHIES(オーチェ)社のあるSaint-Amand-les-Eaux(サンアマンド)は、
ベルギーとの国境の町です。
北方の気質が良質な陶器の生産に向いていたのかもしれませんね。


Barbotineの製作方法は、陶土を希釈して金型に充填し、
乾燥した後に、余分なところを磨いて整形して焼いていたようです。
簡単なようで、
現在フランスやポルトガルつくられている「Barbotineモドキ」がざっくりとしか造られていないのをみると、

かの時代、安価に雇われたまじめな職人たちの手仕事が重要であったのです。

あとは、100年ほどの時間のスパイスが、
釉薬に深みと不思議な輝きを与えて、今の私に南フランスの夢を見せてくれているわけですね♪


HPは、こちら→http://leangedelamaison.com/
by leangedelamaison | 2012-09-20 14:31 | Barbotine
バルボティーヌのお皿
19世紀末の製品で、
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イギリス製のようです。



次は、19世紀末のフランス製のバルボティーヌです。6枚ございます。
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裏も可愛いのですよ♪♪
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19世紀末の製品が好きでよく扱いますが、華やかな美しさは独特です。
とびきり豊かで艶やかな人々の、お洒落な御目がねにかなったものだから??
高品質ですしね、

行ってみたいですね、1900年頃に。


1930年頃アールデコのデザインのバルボティーヌのお皿。
蝶々が飛んでいます♪
こちらも6枚ございます。
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アールデコは、私個人的にはマイブームです。
アールデコのデザインは単なるシンプルではなく、直接と円による形態美を極めようとしているようです。



桜が終わり、ツツジの季節ですね。
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これは、有栖川公園です。

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明後日28日からは、東京プリンスホテルで開かれる「ザ・美術骨董ショー」です。
どうぞよろしくお願いいたします♪
by leangedelamaison | 2012-04-25 12:12 | Barbotine
買い付け徒然3ルーブル美術館とベルナール・パリッシー
美術がお好きな方なら誰しも、
ルーブル美術館は、夢の館ですね♪その、夢の館に、今回も行くことができました。
ご存知の通り、ルーブルは、きちんと見るなら、丸三日以上かかるような巨大な美術館ですが、
買い付けの合間ではそう長時間滞在することもできず、いつも金曜日の夕方から駆け足で観覧してます。金曜は、21時まで開館しているのです。

ところが、毎月第一日曜日は無料で入場できます。
先日の買い付けの日程にちょうどその日が含まれておりました。そんなラッキーな日にあたったら、行かないはずがありませんよね、♪

仕事を終え16時過ぎて行きましたが、入場待ちの人で長蛇の列でした。
大分待つのかとがっかりしましたが、20分程の待ち時間で入場できました。

ルーブル美術館では、時間がなくても15世紀~16世紀の西洋絵画の部屋とその同時代のイタリアやフランスの陶器の部屋に必ず立ち寄るようにしています。
その部屋には、私好みのパルボティーヌ(※いわゆるマジョリカ、柔らかく、凸凹した錫釉陶器)の起源となる、16世紀のBernard Palissyによる『田園風土器』が展示してあります。

ベルナール・パリッシー(Bernard Palissy, 1510年頃 -1590年)-----
16世紀は、芸術の潮流でいうとイタリアのルネサンス期と同時期にあたります。
その頃、フランスのベルナール・パリッシーという陶工によって『田園風土器』は体系化されました。

彼は、はじめはガラス工として各地を遍歴していました。
しかし、ガラス工の需要が少なく、測量の仕事に従事するなど職を転々とします。
その頃、おそらくルネサンス期のイタリアの陶器に出会います。
そしてこの陶器に大変に魅了され、独力で釉陶の研究に取り組んだのだそうです。
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彼の器に配された蛙や魚や植物は、まるで自然の中から集めて固めたように本物そっくりです。
そして、まるでじっとりと滑りけがあるかのような、釉薬と色彩が見事です。

※写真の古い陶器の釉薬には、独特の七色の照りがあります。長い年月をかけて表面の酸化が進んでいるようです。

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彼は貧困の中、家具や床板まで燃料にしてこの技法の研 究を続けたというエピソードが残っています。
15年ほどかかってようやく技法を完成 し、「田園風土器」として人々に知られるようになりました。

また彼は、プロテスタント(新教徒)であったため、度々弾圧を受けました。

しかし、彼の才能を認め人々がいました。
その中には、かのカトリーヌ・ド・メディシス の名前もあります。

彼女らの庇護を受 け、チュイルリー宮殿内の工房で、王室のために作品を制作したのです。

1575年からパリで地質学、鉱物学、博物学など自然科学に関する講演会を約10 年間続け、1585年の勅令で新教徒は カトリックへの改宗か国外亡命を迫られましたが、彼は従いませんでした。
そうして、庇護者のカトリーヌ・ド・メディシス が1589年に亡くなった後、捕ら えられ、
バスティーユ牢獄で獄死しました。

明治4年(1871年)には、日本でも中村敬宇が訳した『西国立志編』第三篇に伝記が掲載されております。


努力と貧困、信条、壮絶な人生の中で作り上げられた「田園風土器」には、
現代の私も心奪われるような強い魅力があります。


時代を経て、バルボティーヌと呼ばれる貴族やブルジョアののんきで楽しいテーブルウェアとなりますが、
そういう歴史が、あったのですね。



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by leangedelamaison | 2012-01-19 10:44 | Barbotine
バルボティーヌという陶器



私自身がとても好きで、主要な商品としても扱っている品物に、フランスのBarbotineといわれる陶器があります。

バルボティーヌという言葉は窯やブランド名ではなく泥漿(泥漿とは、鉱物や泥などが混ざっている液状の混合物)を意味するフランス語です。
陶器の世界でバルボティーヌとは、粘土をふくむ泥漿を石膏型などで成型したものを総称しています。
アンティーク業界で言うバルボティーヌとは、単に粘土泥漿を指し示す単語ではなく粘土泥漿を凸凹とした複雑な形に石膏型などで成型した陶器に錫釉などガラス質の釉薬をたっぷり使って印象的に彩色したもののことを示しています。
(余談:Barbotineは凸凹という意味だと言ってきましたが、凸凹で複雑な形状のBarbotine陶器が一般的となり、Barbotineという言葉が“凸凹のもの”という意味でつかわれるようになったようです。)


因みに、フランスでBarbotineとよばれている陶器をイギリスでは錫釉陶器を指すMajolica(マジョリカ)とよびます。イギリスの場合は凸凹でなくても錫釉がかかっている陶器を「マジョリカ」と呼ぶので一概にBarbotineMajolicaは同じではないのですが・・・難しいですね。


また壷や器の本体を粘土泥漿(水分の多いドロドロの粘土)を型で成型加工したものに、水分の少ない粘土をこねて手でひねり出して花や動植物の形に整えたものを張り付けたものや、さらには釉薬に粘土泥漿を混ぜて絵付けすることによって陶器の表面に油絵のような凸凹のタッチを表現したものなど、製造過程で異なる手法を使ってまるで違う種類の陶器のようでも、泥漿を使った凸凹の陶器は総じてバルボティーヌと呼ばれています。


長くなりましたが、このBarbotine(バルボティーヌ) 製造の歴史は16世紀のベルナール・パリッシーによって製造工程が体系づけられた田園風土器の考案にはじまるとされます。


その後産業革命によって陶器の大量生産がはじまると、型で成型するという製造方法が工場での分業や大量生産に向いていたこと、また経済的に大変豊かであった時代背景もあり一大ブームとなっていきます。



私の扱うバルボティーヌのほとんどは19世紀後半から1900年代の初頭にかけてフランスで製造されたものですが、他にドイツ、イギリス、ベルギーの釜で当時は大量に生産されておりました。

以上また以降のバルボティーヌについての説明は私の現段階の知識であり、内容については、随時加筆修正させていただきます。





バルボティーヌについて----------------------

◇Barbotineの起源、ベルナール・パリッシーの田園風土器
16世紀、動植物の形状を本物そっくりに陶器で表現した凸凹の錫釉陶器が、
ベルナール・パリッシーによって考案されました。バルボティーヌの起源は、この田園風土器とされています。
これらの陶器は、時の王妃カトリーヌ・ド・メディシスなどの庇護のもとに生産され、貴族などの富裕層の間で珍重されました。
パリッシーの陶器は、ルーブル美術館にも展示されております。下の写真は、ルーブル美術館に展示されている田園風土器です。

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1800年代、 石膏及び金型の考案と大規模工場での生産開始
1800
年頃、16世紀に考案された田園風土器がロンドンの万国博覧会で紹介されました。そのことが引きがねとなって1800年代から1900年代まで続く凸凹陶器ブームとなったそうです。

産業革命の後の時代、Barbotine及びMajolicaは粘土を細かく立体に成形した手間のかかる田園風土器の原型から離れ、彫刻師などによってデザインを起こさせた金型や石膏型に粘土を充てんする方法で、大量生産できるように改良されていきます。
18
世紀末頃からは、イギリスのWedgwoodによってMajolica(マジョリカ)として工場生産されるようになります。
そのような陶器工場がフランスでも18世紀末あるいは19世紀の早い段階から稼働し始めました。
窯の名を列挙してみると、SARREGUEMINESCREIL、あるいはMONTEREAUFIVESLILLEといわれるDEBRUYNや、O
NNAING
ORCHIESGIENLUNEVILLEなどで、バルボティーヌが製作されるようになります。

同時期、イギリスでもMINTONGeorge Jonesなど有名窯でも製作されます。

またロレーヌ公国に起源をもつドイツのVILLEROYBOCH19世紀の早い段階からバルボティーヌを製作していたようです。

型で製作したといっても、1800年代初頭のBarbotineMajolicaは驚くほど緻密です。
泥のような柔らかい粘土を型で整形し、割れずに乾燥させるのは至難の業でしたでしょうし、
最終的には職人の手作業によって余分な部分を取り除き、磨きあげられたのでしょう。


余談ですが、後の時代に陶磁器の収集が趣味であったビクトール・ユーゴーが収拾したことは有名です。
こうした著名人が収拾したことによっても、ブルジョアが一般的に知ることとなり、一大ブームとなったのでしょう。
またフランスでは、1800年代初頭から1900年初頭までCharles Jeanなどの作家がパリッシーの田園風土器にかなり酷似したものをハンドメイドで製作しています。これらのハンドメイドの作品も、時々に当店で取り扱っております。

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◇19世紀末~食器やインテリアとしてのBarbotine(バルボティーヌ)ブーム
アールヌーボー(Art Nouveau 1890-1910年頃)の頃以降、華やかなデザインのバルボティーヌが沢山生産されました。

その時代、ヨーロッパの特にフランスでは経済的に大変豊かな(産業革命や植民地支配による)時代が続いておりました。特にフランスの1900年前後はベルエポック(良き時代)と言われ、「退廃的」とか「享楽」とか後の時代に表現されるほど人々は我が人生を謳歌していたのです。もちろん物質的に豊かでしたから、その時代の富裕層の人々はちょっとびっくりするくらいの珍しいものを求めたようです。


そのような時代背景もあって、鮮やかな色彩で、凸凹、装飾過多なバルボティーヌが大変流行りました。
「めずらしさでお客様をびっくりさせる」テーブルコーディネートの主役として、あるいは室内をこれでもか~と装飾する色とりどりのアイテムとして、また世界中からとり寄せられた植物を入れる鉢として。

ところで、
パリの食器といえば、白磁またはそれに金彩を施したものなど色数の少ないくシンプルなものが主流です。
フランスの骨董屋さんは、パルボティーヌを『田舎のもの』という言い方をすることがありますが、
これは当時のブルジョアが、都心から離れた別荘での田舎暮らしを彩るアイテムとしてバルボティーヌを使っていたことによります。色の調和をとても重要視するフランス人らしい、使い分け方ですね。

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今は高価なアンティークとなったバルボティーヌは、もともとは大量に生産され、こうした富裕層の生活雑器として使われたものでした。

しかしこのバルボティーヌ、やわらかい陶器だからか、現存数が少なく、残念ながらフランスの骨董市でも沢山みかけることはありません。

アンティークのバルボティーヌとなれば、べらぼうに高価だったりします。


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私が扱うのは、フランスのバルボティーヌが中心です。ドイツやイギリスのものももちろん美しく、どちらかというとフランスのものよりも手に入りやすいようなのですが、個人的にフランス贔屓です。
フランス人の色合わせの感性にはいつも脱帽しています。



掲載商品などのお問い合わせは、下記のメールアドレスまでお願いたします。
E-mail: angedemaison@gmail.co.jp
by leangedelamaison | 2011-04-22 17:50 | Barbotine